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横浜地方裁判所川崎支部 平成2年(モ)577号 判決

債権者(第一ないし第三事件)

アメリカ合衆国

右代表者司法長官補

スチュアート・M・ガーソン

右訴訟代理人弁護士

小林秀之

志知俊秀

債務者(第一ないし第三事件)

保坂建設株式会社

右代表者代表取締役

保坂博

右訴訟代理人弁護士

千石保

西村泰夫

主文

一  債権者、債務者間の当庁平成二年(ヨ)第六七号動産仮差押申請事件、同第六八号不動産仮差押申請事件(但し、別紙不動産目録記載四の、付属建物を含む建物を除く)、同第六九号債権仮差押申請事件について、当裁判所が平成二年五月二四日になした各仮差押決定は、いずれもこれを取消す。

二  債権者の右各仮差押申請をいずれも却下する。

三  訴訟費用はいずれも債権者の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  債権者

1  主文第一項掲記の各仮差押決定(以下「本件各仮差押決定」という。)をいずれも認可する。

2  訴訟費用はいずれも債務者の負担とする。

二  債務者

主文第一ないし第三項同旨

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

債権者は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約並びに同条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定等に基づき、神奈川県横須賀市等においてその陸軍、空軍及び海軍が使用する施設及び区域の設定、運営、警固及び管理に当たっているものであり、債権者に所属するオフィサー・イン・チャージ・オブ・コンストラクション・ファー・イースト及びその他の機関(以下「極東建設本部等」という。)は、その一環として、合衆国海軍横須賀基地を中心とする債権者の在日海軍基地等における建設工事等を競争入札により発注している者であり、債務者は、建設業者として前記極東建設本部等の発注する競争入札に参加していた事業者である。

2  債務者らによる共同不法行為

(一) 極東建設本部等が発注する建設工事等に関して行なわれる競争入札に参加する事業者らは、従前、「八日会」という名称の団体を構成して、いわゆる談合行為による落札価額の操作をしていたものであるが、昭和五八年ころから入札に参加する事業者数が増加して「八日会」の構成員らの談合どおりに受注するのが困難となったため、同年末ころから「八日会」の役員らが新たな談合組織の結成を呼び掛け、昭和五九年三月二七日、「星友会」が結成されるに至った。

(二) 債務者は、「星友会」設立当初からの会員であるが、同会参加事業者らとの間で、次のような合意をしていた。

① 入札に付される建設工事等の把握

すなわち、入札書類を受領した者は、工事番号及び工事名を「星友会」事務局宛に連絡し、現場説明等に参加して入札参加予定者を把握し、更に打ち合わせ会の日時場所等を入札参加予定者に連絡すること。

② 受注予定者、予定落札価額の決定

「星友会」の主催で発注工事毎に入札参加予定者の打ち合わせ会を開き、その際決められた受注予定者の裁量により入札予定価額を決すること。

③ 入札の実施

落札予定者は予定落札価額で入札し、それ以外の入札参加者は右落札予定価額より高額で入札すること。

(三) 債務者らは、大旨前記のような手順で談合行為を繰り返していたが、やがて公正取引委員会に「星友会」の実質的な目的を知られるに至ったため、昭和六二年一〇月八日、「星友会」を解散した。

(四) 公正取引委員会は、昭和六三年一二月八日、「星友会」の債務者を含む構成員ら及び実質上の右構成員ともいえる鹿島建設株式会社に対して、独占禁止法第七条二項及び同法第八条の二第三項に基づいて警告したうえ、そのうち、債務者を含む馬淵建設株式会社他六九社に対し独占禁止法第七条の二及び同法第八条の三により課徴金納付命令を発布した。

3  損害

(一) 債権者は、「八日会」及び「星友会」存続期間中に締結された建設工事等の契約のうち、入札に関連して談合行為が存在した契約(なお、談合行為のなされたものは、公正取引委員会が昭和六三年一二月八日付で行なった「星友会」に対する前記課徴金納付命令の対象となった契約のみではない。)について損害額を算定し、本訴においては、右債務者らの不法行為に基づく損害金を請求する予定であるが、本件各仮差押申請事件においては、右課徴金納付命令の対象となった建設工事等のみに限定し、その間の、極東建設本部等が入札により発注する建築工事各契約について、その入札前に合衆国海軍公共事業センターが算出した「見積価格」(以下「政府見積価格」という。)と「星友会」会員による「実際の落札価格」、「星友会」会員以外の事業者四社による落札価格とを比較計算すれば、その総額は金四六億七八四一万二八八五円の損失となる。

(二) 以上によれば、債権者は、債務者らの不法な談合行為により金四六億七八四一万二八八五円の損害を被っているというべきであるから、債務者に対し、右金額及びこれに対する前記「星友会」が解散した日の翌日である昭和六二年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

4  債務者所有の別紙不動産目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)については、極度額を固定資産評価額の約二〇倍とする根抵当権が設定、登記されているうえ、債務者の資金繰りは思わしくなく、債権者との和解交渉においても金一六二一万円の和解金が支払えない旨主張しており、本件不動産は勿論、別紙債権目録記載の債権及び債務者所有の動産についても仮差押をする必要がある。

したがって、債権者の右申請に基づき発布された本件各仮差押決定(平成二年(ヨ)第六八号不動産仮差押申請事件につき発布された仮差押決定のうち、別紙不動産目録記載の四の、付属建物を含む建物については、その後、債権者において取下げた)は正当なので、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1記載の事実は認める。

2(一)  申請の理由2(一)(二)記載の事実のうち、極東建設本部等が発注する建設工事等に関して行なわれる競争入札に参加する業者らが、従前、「八日会」という名称の団体を構成していたこと、昭和五九年三月二七日、「星友会」が結成されたこと、債務者は、「星友会」設立当初からの会員であることは認めるが、その余の事実についてはいずれも否認する。

(二)  申請の理由2(三)(四)記載の事実のうち、公正取引委員会が、昭和六三年一二月八日、文書による警告をしたこと、馬淵建設株式会社他六九社に対して課徴金納付命令を発したことは認め、その余の事実は否認する。

公正取引委員会の文書による警告は、独占禁止法第七条二項及び同法第八条の二第三項に基づくものではなく、単なる行政指導にすぎない。

3  申請の理由3(一)(二)記載の各事実は否認し、法的主張については争う。

4  申請の理由4記載の事実のうち、債務者所有の本件不動産に、債権者が主張する極度額の根抵当権が設定、登記されている事実は認めるが、その余の事実は否認し、法的主張については争う。

本件不動産に設定されている根抵当権の極度額が固定資産評価額を越えるものであるということは、債務者の信用不安を意味するものではない。

また、債務者が金一六二一万円を支払わなかったのは、資金の調達ができなかったからではなく、そのような金員を債権者に支払ういわれが何ら存在しないからに過ぎない。

三  抗弁

仮に、「星友会」において談合行為が行なわれたとの債権者の主張が事実であり、その結果、債権者の主張するとおりの損害が生じたとしても、債権者は、既に「星友会」の構成員ら及び鹿島建設株式会社との間で和解を成立させ、合計金四八億八七六五万円の金員を受領している。

したがって、債権者の損害がすべて填補、回収されたことにより、被保全権利はもはや消滅したというべきである。

四  抗弁に対する認否

債権者が合計金四八億八七六五万円の金員を受領したことは認め、その余の事実は否認する。債権者が、右金員を受領したところで、実際の損害額は右金額を金三億円も上回るものであり、且つ、それに加えて遅延損害金を合計すれば、債権者の損害額は平成二年五月一四日の分までだけでも合計金五六億五九六万三一四一円となる。

五  疎明関係〈省略〉

理由

一当事者の地位関係、極東建設本部等が発注する建設工事等に関して行なわれる競争入札に参加する業者らが、従前、「八日会」という名称の団体を構成していたが、昭和五九年三月二七日、新たに「星友会」を結成し、債務者がその「星友会」設立当初からの会員であったこと、公正取引委員会が、昭和六三年一二月八日、右「星友会」の構成員らに対して文書による警告をしたこと、債務者を含む馬淵建設株式会社他六九社に対して課徴金納付命令を発布したこと及び債務者所有の不動産に債権者が主張する極度額の根抵当権が設定、登記されていること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、右のうち、公正取引委員会が、昭和六三年一二月八日、右「星友会」の構成員らに対して文書による警告をしたことにつき、債権者は、「独占禁止法第七条第二項、第八条の二第三項」によるものと主張するが、右警告は、同法第七条第二項但書及び後記二認定の事実に照らせば、事実上の行政指導にすぎないものと認めるのが相当である。

二1  〈書証番号略〉及び証人中村文男の証言(但し、後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、

(一) 申請の理由2(一)ないし(四)のうち、前記一の当事者間に争いない事実及び説示を除いた、その余の各事実。

(二)  極東建設本部等が、建築工事等を契約する場合は、入札又は見積合わせにより行なっているが、殆どは入札となっている。この場合、入札に当たり、「政府見積価格」を設定しており、原則として、最低入札価格が「政府見積価格」を下回っている場合であって、当該入札者が信頼できる者と認められるときに、当該入札者と工事委託(請負)契約を行っている。

(三)  極東建設本部等は、発注の建設工事につき、複数の工事分野にわたる場合であっても、土木工事、電気工事、塗装工事等といった工事区分毎に発注する方式をとっておらず、これらの工事を一括して一物件として、同一の事業者に発注している。そのため、受注する事業者側は、いわゆる、ジョイント・ベンチャー方式か、単独で受注するとしても、下請業者を用いる等の手段を講じているのが通例である。

(四)  本件において、前記(一)認定の公正取引委員会による、前記課徴金納付命令の対象となった極東建設本部等の建設工事等の契約なるものは、前記認定の談合の実行期間中(始期は、「星友会」が設立された昭和五九年三月二七日以降最初に入札を行った日、終期は、「星友会」が解散した昭和六二年一〇月八日と認定)の契約であったということ(つまり、公正取引委員会としては、「星友会」の設立から解散までの期間中の契約を総体として捉え、課徴金納付命令を発布したものというべく、右課徴金納付命令の対象とされた契約の個々についてまで、談合の有無を認定したものかは多少疑問の余地がある。)、そして、その理由により(独占禁止法第七条の二第一項)、その間の落札価格の総額(売上額金一九三億四四二八万四〇〇〇円)に一〇〇分の三を乗じて得た額の二分の一に相当する額の課徴金の納付を命じた(同法第四八条の二第一項)ものである。

なお、債務者に対する課徴金は、上瀬谷戸塚住宅改修工事一件分(政府見積価格金一億二八三〇万円、落札価格金一億三〇〇〇万円、売上高金一億三五六〇万一九七〇円)に係る金二〇三万円であり、債務者は、右命令どおり、右金員を納付した。

以上の事実が認められる。

右認定に抵触する証人中村文男の証言部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  ところで、独占禁止法上の違反行為に関し、公正取引委員会が、昭和五九年二月に公表した「公共工事に係る建設業における事業者団体の諸活動に関する独占禁止法上の指針」によれば、「構成事業者から公共工事についての受注実績、受注計画等に関する情報を任意に徴し、これを提供すること」は違反行為には当たらないとされているが、右の受注計画に関する情報交換は、あくまでも概括的な受注計画に関するものであって、受注予定者の決定に至るものは勿論、個別工事に関するものも一切含まれないと解されている。

3  右1、2の諸事情と独占禁止法の趣旨、目的とを総合勘案すれば、債務者らの前記1認定の行為は、同法に違反する談合行為に当たり、右は、一応、民法上の共同不法行為に該当すると認めるのが相当である。

しからば、債務者は、右行為と相当因果関係にある債権者の被った損害を賠償すべき義務がある。

三ところで、債権者は、本件損害につき、『「星友会」が結成された昭和五九年三月二七日から、同会が解散した昭和六二年一〇月八日までの間に、極東建設本部等が入札により発注した建築工事各契約について、「星友会」会員による「実際の落札価額」の総額と、その入札前に合衆国海軍公共事業センターが算出した当該「政府見積価格」の総額との比較割合は、前者が、後者の103.55パーセントであること、一方、同一期間内における星友会会員以外の事業者による落札価額の総額と、当該「政府見積価格」の総額との比較割合は、前者は、後者の78.48パーセントであったこと、右103.55を78.48で除すると、131.09パーセントとなり、右131.09パーセントが、本件談合により不当に上昇した価格であること、右を基準に計算して得た金四六億七八四一万二八八五円がその損害額である』と主張する。

1 債権者の主張によれば、まず、右落札価格は、『全て不法な談合に基づく落札価格である』との前提に立つものといえるが、前掲各疎明及び前記二1認定説示のとおり、公正取引委員会としては、「星友会」の設立から解散までの期間中の契約を総体として捉え、課徴金納付命令を発布したものというべく、右課徴金納付命令の対象とされた契約の個々についてまで談合があり、その結果として当該契約の落札価格が決定されたと認定したものであると即断するには、やや疑問ではあること、なお、この点に関し、〈書証番号略〉の記載があるが、右疎明のみでは、談合行為と個々の落札価格との間に全て因果関係があり、その結果、談合行為がなかったとした場合の正当な落札価格を常に超過した価格であったと認めることには躊躇せざるを得ない。

2  更に、債権者は、『「星友会」以外の事業者四社による落札価格の総額が、「政府見積価格」の総額に対し78.48パーセントの割合である』と主張し、それに副う〈書証番号略〉の記載がある。

しかしながら、「政府見積価格」自体、未確定額の入札を予想した上で設定されたものであり、入札による落札価格は、原則として右設定価格以下とされてはいるものの、それは、あくまでも原則であり、右「政府見積価格」を超過した価格で落札され、契約成立に至ることもあり得ること、つまりは、右「政府見積価格」が、損害額を算定する客観的な適正価格の基準であるとも、にわかには決め難いこと、更には、「星友会」以外の前記事業社四社による右落札価格が、談合の結果に基づかない、全て取引分野における自由、公正の競争原理により決定されたものと直ちに認め得るかは疑問であり、又、前掲疎明によれば、右四社が受注した一六件の建築工事等の一件当たりの売上高のうち、金一〇〇〇万円以下の工事が一三件であって、比較的小規模の建築工事関係であること、落札価格が「政府見積価格」を超過しているのも四件含まれていることにも照らせば、単純に、右一六件といった少数、小規模な建築工事における落札価格の総額と「政府見積価格」の総額との割合のみをもって、直ちに「政府見積価格」に占める適正な落札価格の割合を導き出そうとする債権者の前記主張は、その信憑性、合理性、正確性の面で採用し難いといわざると得ず、右方式を前提とするその余の主張も採用できない。

3  しかして、他に債権者主張の損害額を認めるに足りる疎明はない。

4  以上を総合勘案すれば、債権者の債務者に対する(不法行為を理由とする)損害賠償請求債権を保全するための本件各仮差押申請は、少なくとも、その被保全権利(債権)の存在につき、未だこれを認めるに足りる疎明が不十分であるといわざるを得ない。

しからば、その余の点につき判断するまでもなく、債権者の本件各仮差押申請はいずれも理由がないから、債務者の本件異議申立は理由がある。

四結論

以上の次第であるから、本件各仮差押決定をいずれも取消し、債権者の本件各仮差押申請をいずれも却下することとし、訴訟費用の点について民訴法第八九条、仮執行宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根本久 裁判官伊澤文子 裁判官加登屋健治は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官根本久)

別紙不動産目録〈省略〉

別紙債権目録〈省略〉

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